「亀様、もう少しだけ」

先日、キングブラザーズとの男臭い北国ツアーから東京の自宅へ
帰って来た。家の者は仕事に行って居ないはずだが、どうやら奥
の部屋の様子がおかしい。何だろうと思い、四畳半の居間を覗く
と、出窓のスぺースにあるはずのない水槽が置かれており、その
中の敷き詰められた小石の上に緑色の甲羅が並んでいるではない
か。何と、カーテンから日が漏れているその先に、二匹の亀が家
の留守番をしていたのだ。只でさえ狭い部屋なのに、勝手な事し
やがる。

彼らは文字通り首を長くして待っていた。僕が帰ってくると、餌
を要求しているのか、水槽をよじ登ろうとガリガリ音をたてた。
ツアーの疲れで気が立っていたので、引っ張り出して踏みつぶし
てやろうかと思った程だ。見れば手紙が添えてある。「一日三回
餌を与えて下さい。」誰がくれてやるもんか、僕は知らぬ振りを
して、珈琲を飲み、荷物を片付け、洗濯を終わらせた。洗濯物を
干している最中、背後に視線を感じ振り返ると、二匹揃って納得
のいかぬ顔をしてこちらを伺っていた。だが僕にその気がないこ
とが分かると、観念したのであろう、各々じゃれあったり、小石
を掘るなどして暇を潰し始めた。

三十分くらいテレビを見たまま、うとうとしていたのだが、そう
いえば水槽の方が先程とはうって変わって、嘘のように静まりか
えっているではないか。遊び疲れたのか、それとも僕が餌をあげ
ないせいで元気が無くなってしまったのか。もう夕方になる。朝
から何も食べてないのかしら。段々気になってきて、説明文に書
いてある通りの用量10粒よりも2、3粒多く手に取り、水槽に落と
してやった。すると半分甲羅にうずくまっていたのが頭を出し、
ゆっくりと餌に近づいていった。よく食べている。二匹の内の黄
緑色をしたほうが食い意地があったのでお叱りの意味で別の容器に
移し、もう一匹の緑色の方にゆっくり食事の時間を与えた。また
餌とは別に、「甲羅が立派になる亀専用小エビ」なるものがあった
ので、それも少しずつ与えた。僕は何ともいえない満足感を手にし
た。本当はもっとたくさん食べさせてあげたいけど、元気になりす
ぎて、夜な夜な水槽を飛び越え、誰かに踏みつけられやしないか心
配なので、我慢した。

仕事から帰ってきた所を問いただすと、どうやら姉が旅行に出てい
る三日間だけ預かる事になったらしく、明日の昼には、飼い主であ
る姉が引き取りにくるそうだ。
僕は半分布団にうずくまり閉口した。どうも納得がいかない。