「食堂」

理由なき反抗ツアーで博多に行った際、お昼にしようということで、
天神にある「味の正福」という定食屋に入った。老舗の雰囲気が漂
う店内はランチタイムのピークも過ぎ一段落付いていたようだ。店
の常連であろうおばあちゃんが、僕らの標準語が珍しいのか、頻り
にこちらの様子を伺っているのが印象的だった。何を食べようか、
僕がいつものように優柔不断っぷりをぷりぷりしていると、横に座
っているおとぎ話ご意見番、佐賀県出身の「白髪の九州男児」こと
北島が、関鯖にしたらどうかと薦めてくれた。何でも大分県で水揚
げされる鯖で、この時期は特別キュッと身がしまっててコリコリし
ているとのこと。えっ!鯖がキュッとしてコリコリ?その響きが気
に入ったので、すかさずキュッとしてコリコリの関鯖を注文するも、
本日はもう売り切れたとのこと。おいおい、もしかしたらさっきぷ
りぷりしていた時に他のお客さんに先を越されたんじゃないか?
今更悔やんでも仕方がない。
「じゃあブリを焼いたのを」
今思えば、この時シュッとしてガリガリの僕が、普段より幾分か低
く渋めの声の調子で注文したのは、メンバーに動揺を悟られたく無
かったからであろう。

接客を担当しているのは、柴犬のようなつぶらな瞳をした肌つやの
良いおやっさんで、定食屋には似つかわしくもない、ブーツと細身
のブラックジーンズを上品に穿きこなしている。幾度と無く機嫌を
取りにテーブルまできたけど、語尾の切れが心地よく全くうるさく
は感じなかった。その内におやっさんが実は幼少期に、横浜の戸塚
で暮らしていたという話になった。戸塚といえば有馬の実家のある
街だ。僕たちはおやっさんに釘付けになった。そしていろいろ質問
攻めすると驚くべき事実が判明した。何とおやっさんは当時、有馬
の父さんと同じ小学校に通っており、二学年下の後輩に当たる事が
判明したのだ。おやっさんは興奮を抑えきれずに当時住んでいた家
から小学校までの通学路、そして近道を説明し始めた。もちろん近
所に住んでいる有馬は手に取るように分かるらしく、その坂を下る
と云々などと相づちを打っている。つぶらな瞳が一層輝きを増して
いる。無理もない、幼少期の街ほどノスタルジーに浸れるものは無
いんだから。あの定食屋で有馬とおやっさんは共に、黄金色の戸塚
の街を、通学路を心に描いていたに違いない。

「味の正福」 横浜戸塚から遠く離れた福岡天神で、世代を飛び越
え、遠き日の景色が甦ったのである。お腹一杯、胸一杯。ご馳走様
でした。そうだ、今度石川に帰省したときは父さんと定食屋に行こう。