「住めば都と云うけれど」
人生の諸先輩方の話を聞くに、自分の住んでいるマンションは身分
不相応なのではないか?このまま住んでいても、どうせ七月の頭に
は部屋の更新料が別にかかるので、いっその事引っ越してしまおう
と思い立ち、幾つかの間取り図と睨めっこをしている。
今の所に引っ越してくる決め手となり、ずっとお気に入りだった天
井の高いロフトも、今ではほとんど使っていない。昔燃やしたギタ
ーが飾ってあるだけだ。必要ない。今より築年数も多少あっていい
ではないか。その方がカリモクのソファーもしっくり来るはずだろ
う。
僕は不動産屋を訪れた。ここは二年前、今のマンションに越して来
た際に、いろいろとお世話になったこともあり、馴染みがある。
白髪混じりの髭を蓄えたオヤジに相談すると、二件の物件を紹介さ
れた。近くにあるというので、早速見に行くことに。歩いている内
に、髭のオヤジは僕の事を思い出したらしく、急にご機嫌になった。
髭のスペクタクルなトークに翻弄されつつ、最初の物件に。ところ
が部屋に上がるなり、肝心の髭が浮かない顔をしている。
「ここはうなぎの寝床だからな、あんまり薦められんよ」
「うなぎの寝床?」
「奥の間に行くのに部屋を一つまたがないといけないんだよ。圧迫
感があって嫌いなんだよね。」
「はあ…」
「うなぎみたいにシュル〜と細長く部屋が続くだろ?だからそう呼
ぶんだ。」
「へ〜」
この間取りの方が精力がつき、夜の夫婦生活が円満になるとか、そ
ういう話ではなさそうである。何だか日当りの悪い畳の間を行った
り来たりしてると、髭の顔がうなぎに見えて来たので、部屋を後に
した。
二つ目の物件は、二階が居住スペース、一階部分が駐車場という造
りになっている。変則ではあるが、一応夢の一軒家である。先程と
は打って変わり、髭の顔のツヤもいい。確かに嫌な圧迫感はなく、
開放的な造りである。収納も多く、ベランダも広い。髭が持ち前の
冗舌ぶりを発揮する。
「ここだといくら騒いでも誰も文句言わないし、ヘッチャラだよ。」
「こういう仕事をしてると、収納を見れば、その家が湿気っぽいか
どうかすぐわかる。ここはね、ほらね、からっとしてるでしょ。」
「俺だったらこのベランダに人工芝引いて、コーヒー飲むな。」
「これで、今より家賃が3万円さがるんだぜ。」
成る程、この一連の流れ、髭にうまくやり込められた感じもあるが、
ここがすばらしく思えて来た。それに、近頃は防音マットとやらも
発達しているであろうから、こないだ購入した自慢のラディックド
ラムも小手先程度になら叩く事が可能だ。と、なると後は、家にい
る大奥を説得できるかどうかである。
